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ヒロインピンチ作品の好きになる要素まとめ

めちゃくちゃ久しぶりの投稿です。

自分がヒロインピンチ作品でどんな要素を持つ作品に特に惹かれるのか、
分析してまとめてみました。

そもそも自分のこの性癖の根本にあるのは、本来侵されるべからざる神聖な存在であるヒロインという存在が危うさをみせる”ギャップ萌え”です。創作物の中で自分がこのギャップを感じるために必要な構成は以下のようなものです。

1.「正しい世界」がまずあって、
2.その世界の中で、本来そうあってはダメなはずなのにピンチになるヒロイン

正しい世界の流れ ⇔ ピンチ

ピンチになるヒロインの描き方は、いろいろあると思います。ヒロインピンチで有名な作品はまずもってこの部分が評価されます。しかし自分にとっては、「正しい世界」がしっかりしていないと、いくら「ピンチ」がものすごくても、どうしてもいい作品とはなりえません。

「正しい世界」ってなんだよ、ということですが非常に言い表すのが難しいです。いうなれば
「赤ずきん」や「アラジン」と同じ世界であること
「ドラゴンボール」や「幽遊白書」、「ハリーポッター」や「ロードオブザリング」と同じ世界であること
になります。

どうしても抽象的な言い方しかできないのですが、以下の自分の好みはこの”世界”という視点がそこここに出てきますので、一応認識だけしておいていただいて、以下をお読みください。


自分が惹かれる作品に必要な要素は以下の5つです。


① リョナ・ヒロインピンチが主題ではなく、推していたとしても副題として主題に隠れさせていること

ヒロインピンチそのものが主題である場合、その作品世界は、ヒロインが敵にやられるのが”あたりまえの”世界ということになります。敵にやられるのが”あたりまえの”世界において、ヒロインが敵にやられたところで大きなギャップは生み出せないでしょう。
よってこれは一つのジレンマなのですが、ヒロインのピンチを欲しながらも、それ自体が目的の作品ではなく、建前上であっても別の目的がある作品である必要があるということです。
初期のコミックヴァルキリー作品や、リョナを扱った同人作品がいまいち好きになりきれない理由のひとつがこれになります。



② 同人作品ではなく商業作品であること

これは説明が難しいのですが、作り手が見えすぎる作品世界が世界としての絶対性を獲得しづらいです。これは同人作品にケチをつけているわけではないのですが、自分の中の感覚として、作り手が見えすぎることで、世界が所詮作り手のさじ加減でどうとでも変わってしまうことを感じさせ、結果、商業作品のほうが世界として”正しく””強固である”ように感じます。商業作品が大衆のために生み出された昔からある媒体であることも深層心理にあるのかもしれません。極論を言えば、「あかずきん」と「Ziggurat」は同じように存在する世界として感じるのですが、同人作品だといかに良くできていたとしても、同様の世界とは感じられないのです。その”正しい”世界でヒロインがやられるほうが、正しい世界のはずなのにこんなことになるなんて…、というギャップを感じやすくしてくれます。



③ ピンチシーンの連続が物語上不自然でない

ヒロインのピンチ、リョナ目的で読んでいる作品において、ピンチシーンの数は多いに越したことはありません。一方で、②で書いた「世界」の話と関連するのですが、本来勝利すべき主人公サイドが連敗を続ける構成は、そもそも根本の世界が世にあふれる一般的な物語の正しさから大きく違っていることを感じさせてしまう恐れがあります。
ヒロインのピンチシーン目的で読んでいる作品では、いかにしてこのジレンマと折り合いをつけられるかが、自分の中で特に好きになれるかどうかのポイントになっています。
例えば18禁の作品によくあるのが、町を守る変身ヒロインが毎度毎度敗北して凌辱され…、という展開ですが、こういうのは構成だけ取ると自分の中では最悪です。「敵と戦うための存在なのに、こんなに毎度毎度負けるならもう違う手段を考えるだろ普通…」となってしまい、「所詮そのためだけの世界なんだな」と世界の”強度”がボロボロになってしまいます。



④ やられるヒロインは一人で十分
ヒロイン自体の数が多くてもいいし、活躍するヒロインもまぁほかにもいてもいいけど、敵にやられるのは1人のヒロインであるということです。
これは同じ戦闘で同時に二人でやられないというミクロな意味だけでなく、一つの作品の中でやられヒロインは1人でいいというマクロな意味で言っています。
多人数がやられると、そのヒロインだけがやられている、という無様感を薄めてしまいます。副次的な要素にせよ、ヒロインのピンチに価値を持たせたい作品においては、ただでさえ一人のヒロインに多くのやられシーンを用意しなくてはなりません。そのうえほかのヒロインもがやられていると、やられていることの特別性がなくなって日常風景となりはて、価値が下がってしまうと思います。



⑤ 完全敗北すること
最後にヒロインがピンチの末、敵に完全敗北するシーンがあるということを上げたいです。
ここまで世界世界と正しい流れを乱さないことをずっといってきましたが、ピンチシーンそれ単体の中では世界の流れに逆らう必要があり、そこにギャップが生まれます。
しかし完全に世界の流れに逆らえない作品もあります。たとえば敵に苦戦したけど結局主人公補正で覚醒し、敵を倒した。負ける前に主人公が助けに来た。敵に負けたはずだけど、実は敵と分かり合うため手を抜いていた。体調が悪かった。敵に敗北したと思いきや、まだ余力がある状態で、反撃しようとするところで他の要因で戦いが終わった。
こういったピンチは主人公側の株を維持する、世界の流れに逆らっていないピンチです。ピンチシーンの中では敵に完膚なきまでに叩きのめされ、完全に屈する展開をどこかで見せてほしいものです



さて今回は自分の趣向について特に深いところを分析してみましたが、次回は自分にとってのベストな作品であるZigguratについて、今回の要素と照らし合わせて神作品たる所以を紐解いてみたいと思います。

ちなみにもうひとつ、1年前に書いて皆さんにコメントをいただいた記事のその後についても、この1年間で自分が行ってきたこととその成果をお伝えしたいと思って記事にしていますので、こちらもそのうち公開できればと思っています。

コメント

非公開コメント

タイムボカンシリーズで…

はじめまして。私はエロいヒロインピンチで興奮する
性癖があります。きっかけはタイムボカンシリーズで、
女ボスの脱衣が有名ですが、それは何とも思わず、
ヒロインのほうだけ興奮します。この性癖、まさに、この記事に
(ほぼ)合ってしまうのです…すぐれた分析と思いました。
強い正義の側がひどい目に遭う不条理感がたまらなくて…

シリーズ第5作、ヤットデタマンを例にとると、
>(1) リョナ・ヒロインピンチが主題ではなく…
主題はタイムトラベルしてのジュジャク探し、さらに勧善懲悪。
>(2) 同人作品ではなく商業作品であること
メカがカッコよく、玩具発売もある人気の商業作品。
>(3) ピンチシーンの連続が物語上不自然でない
前作までは男女ペアの変身だったのが、男一人の変身に変わり、
ヒロインのコヨミ達がピンチになって助けに来る流れが増える。
(4) やられるヒロインは一人で十分
善玉の女性にはカレン姫もいるが、基本的に危機に陥らない。
なお、コヨミは気が強い上に戦闘力も強く、悪玉を圧倒する
こともある。それだけにピンチシーンとのギャップが目立つ。
(5) 完全敗北すること
ここだけはストーリー上、「負ける前に主人公が助けに来た」
になるが、23話では「瞬間洋服溶解液」で服を溶かされ、
胸を隠してへたり込んでおり、42話では「透視銃ミエール」で
服が透ける光を脚にあてられ、手で股間を隠して内股で立ちすくむ。
いずれも、そこで助けが入るが、普段強気のヒロインが、
見られたくないところを必死で隠し、なすすべもなく一方的に
エロい視線に晒される状況は、完全敗北と言ってよいような…
そんなふうに見て興奮してました。

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Re: タイムボカンシリーズで…

コメントありがとうございます。
これはあくまで自分の好みを分析してみたものなのですが…
性癖が合う方というのは非常に珍しいと思います!

昔の作品だと思いますが、
幼いころに見た作品はずっと好きですよね~


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